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吐き気がした。
暖かそうな昼下がり。頬に当たっているらしい風が草原を撫でていくのが見える。「暖かそうな」「当たっているらしい」というのは感覚がないからだ。身体は力が抜けていて自分で立っているかどうかも怪しい。けど立っている。だからこれはきっと夢なんだろう。夢で良かった。
感覚があったなら血生臭い風を嗅ぎ、歯が肉を食い破る音を聞いていただろうから。
草原の一か所にある井戸。
その周囲の花々に赤い飛沫、井戸の縁には何か大きな物を引きずり出したような同色の跡。傍らには水に濡れた茶色の狼が、口から赤い水……血と水が混じったもの……を流しながら倒れていた。
そしてそれ以上に凄惨だったのは。
狼が、七匹の山羊に囲まれていて。その山羊達が群がり、獣の体を食べていること。
山羊のうちの一匹は狼の腹から出てくる数個の石を引っぱり出したり押し込んだりして遊んでいる。
(……何、これ)
足がすくんだ。え、山羊って草食だよね? 狼が肉食だよね?
自然の摂理に反したその光景に頭の奥がぐらぐらと揺れた。それなのに目が離せなかった。次第にお腹の辺りが冷えてくる。自分の生み出す感覚は夢の中でも避けられないようだ。体は一向に動かない。目を瞑りたいのに、瞼が閉じてくれない。その時、視界の端に小さな動物の足が映った。縋る様に無理やり瞳孔を動かすと、今度はなぜかすんなりと動いた。
そこには口の周りをぐっしょりと赤に濡らした、真っ黒な瞳の子山羊がいた。
こや、ぎ……
私を見つめる、こやぎが、
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