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「ところでよぉ、おめぇさん」
仕事は中断せずにこちらに話し掛けてくるマスター。磨いていたグラスを置き、また別のグラスを手に取ってせっせと撫でるように磨き始める。
「ん」
「いつまでこの街にいるんだ?」
「オイオイ、まるでとっとと出ていって欲しいような言い草だな」
置かれていた金色の泡立つ液体を喉に流し込み、ぶっきらぼうに言い放つ。無論、本気で嫌悪している訳ではないのだがマスターの無愛想さを知らない連中は、そういう風に受け取るだろう。
口元の泡を手で拭い、マスターに目を向けると軽口を叩いたのが気に食わなかったのか、あからさまに不機嫌そうな視線を投げ掛けてくる。
「冗談に決まってるだろ、マスターと俺の仲じゃないか」
「たかが半年の付き合いだろうが。……まぁいい、俺がおめぇさんに聞いた質問の意図は別にある」
・・・
マスターとはたかが半年の付き合いだが、その様はまるで昔ながらの顔見知りのよう…………に俺は思っている。向こうはどうだか知らないがな。
「何だ、勿体振るなよ」
一息入れて手に持ってた恐らく最後のグラスを、棚に仕舞いこちらを向いてドカッと座った。
「最近、街中の連中が妙な噂をしてるんだ」
「妙な噂?」
「近い内にこの街……いや、大陸全土を包み込む程の災厄がやってくると」
「……平和で良政を敷いていて、これといって大きな問題のないこの大陸が戦火に巻き込まれるとでも? 冗談はその無愛想さだけにしてくれ」
俺は苦笑してマスターの言葉をあしらったが、顎髭が生え揃った厳つい表情はいつになく真剣だ。その表情に思わず息を呑むと、マスターは続けた。
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