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―かち、
そんな音が聞こえた気がした。
「…誰か、いるのか?」
何気ない…自分でも分かる、馬鹿げた問い。
夕暮れに沈むリビングで、家にいるのは自分一人。
妻はさっき買い物に行き、一人息子は部活で遅くなる。
体調が優れず会社を早退して来た自分しか、ここにはいないはずだ。
…いないはずだった。
―ぎ、し…
ゆっくりと床板が軋む音。
…足音を忍ばせているんじゃない。
存在を主張し、罠へと誘う音。
ぞくり、とした。
「…っ!」
これは、まるで同じだ。
この間見た夢と、同僚から聞いた"怪談"と。
頭のどこかで、唐突に何かを理解していた。
"これ"が思い出せないあの悪夢と繋がっている事を。
―歯車の音がしたら、音を立ててはいけない…
頭の奥で同僚の声がする。
年甲斐もなく、怪談話に目がない同僚は、いつになく真剣な顔で言っていた。
<マガツヒ様>がやって来る。
…夢を還えしにやって来る。
橙色に染まる喧騒が、不自然なくらいまったく聞こえない。
必死に歯の根が合わなくなるのを抑え、食卓の下に隠れるように潜り込む。
…子供じみているのは分かっている。
でも、そうするべきだ、と何かが命じていた。
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