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「……」
木造の道場に胴着を着た小柄な十代の少年もしくは少女がひとり真剣を前に静かに座っている。
「……」
胴着を着た若者は口と両眼を閉じ、瞑想しているようだ。道場の空気はシンと静まりかえり、誰もが道場内に入ることをためらってしまう空気が出来ていた。
だが、そんな空気をいとも容易(たやす)く壊す者がズカズかと足音を立てて現れた。
「おーい、智(とも)! 朝飯出来たから早く来いってよー!」
この一言で道場内にあった近寄りがたい静寂な空気は一気になくなり、瞑想で精神統一していたであろう胴着を着た若者、智は集中力を失った。
「…………孝兄(たかにい)」
呼び方からすると兄弟のようだ。
「おい、智! 聞こえてんだろ? 早く来いよ! お前が来ないと朝飯が食べれないんだよ!」
「……はいはい」
朝飯が食べれないという理由で智は真剣を前にした瞑想をやめなければいけなかった。だが、これは毎日のことなので慣れている。
智はゆっくりと正座から立ち上がり、目の前にあった真剣を鞘へ戻しそれぞれを元にあった場所に戻した。そして、さっきからやたら急かす兄の元へ特に急ぐことなく歩いていった。
「早くしろよ! アイツラにおかずからご飯、全部食べられるぞ!」
「……はいはい」
この家の食事では食べ物の争奪戦が起きていることが智の兄からうかがえる。もちろん、智もその朝食という名の朝の戦場に参加しなくてはならない。これは朝だけに限ったことではない。
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