身代わり屋

6/6
前へ
/6ページ
次へ
「では、身代わりの 使い方について、説明 しようかの。」 そう言うと、老人は また、何やら呟きながら 俺の身代わりの肩に 手を置いた。 「…***。」 すると、身代わりの 全身から湯気のようなものが 立ちのぼり、最初の人形 だけが、その場に残った。 「ノイト=キュルテスド、 これは解除の呪文。 身代わりに触れながら唱えれば それは役目を終え、 人形に戻る。」 どういう原理なのかは 解らないが、とりあえず 呪文とやらを塾用の ノートの端にメモする。 「身代わりを起動させる 時は人形に触れながら、 ノイト=アエルクと 唱えれば良い。」 そう言うと、老人は 人形を小さな木箱に 入れると、赤い紐で 封をした。 「さあ、これでこいつは お前さんのものだ。」 俺は木箱を受け取ると 鞄の中にそれをそっと しまった。 「あの…。」 「なんだね?」 「あなたのお名前は…。」 名前など聞いてどうするのだ。 だが、なんとなく知って おきたかったので聞いてみた。 「…クリソプレーズ。 覚えていてくれるかな?」 "クリソプレーズ"…。 外国人だろうか。 そう言われたらそう 見えなくもない。 「クリソプレーズ…。 また来ますよ。ありがとう。」 「ホホ、"こちらこそ ありがとう"…。」 "こちらこそ"…? 違和感を感じたが、 軽く会釈をして、俺は この店を後にした。 軋む扉を開け、薄暗い 螺旋階段をのぼる。 現実めいた街の雑音達が コツコツと音をたてるたび 近くなっていく。 やがて見慣れた町並みが ひろがり、夕日がまた俺を 照らした。 ただ、最初よりは日も 傾き、ちらほらと 街灯が灯っている。 八百屋のオヤジが シャッターをガラガラと 閉めた。 中学生達が自転車で 笑い合いながら、 とばして行く。 談笑しながら、飲み屋へと 入って行くサラリーマン達。 俺は先刻までの出来事が 記憶の中からかすんで いくのを感じた。 夢から覚めた瞬間に 今までリアルだったものが 急に遠く色あせてしまう かのように…。 「まさかな…。」 鞄をそっと開けると、 そこには赤い紐で縛られた 小さな木箱がしっかりと 残っていた。
/6ページ

最初のコメントを投稿しよう!

0人が本棚に入れています
本棚に追加