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「ひっひっひっひっ、逃げたいのか?現実から。努力をしなくても、選択肢一つで乙女心を落とせる世界に行きたいのか?なんの苦労もなしで女の子に囲まれたいのか?――」
今まで俺を蔑む事をしなかった黒衣の店員が、今は心臓をえぐるような事をいってくる。
「それが今のお主が生きる希望なのか?ギャルゲの主人公になりたい。それで良いのか?これはどうする?」
圧迫感が全身を包む。黒衣の店員が言うことがすべて真意だ。
俺は現実から逃げたいだけなのだ。
辛かった失恋から立ち直る事が出来ない。
それを乗り越えられるような野球や恋とは違う希望が持てなかった。
だから自分をわざわざ変えるために筋トレとかイメチェンなどの努力なんてしなかった。いや、きつかったし面倒で続かなかったのだ。
虚脱感に包まれふさぎ込む俺を見た店員は、黒衣の懐から一枚の写真を取り出してカウンターにのせた。
「この写真がなんだよ?俺には関係ない……」
「……、お前には三つの大切なピースが欠けている。否、欠けてしまった。それがなんだか分かるか?」
黒衣の店員がそう言って、中学野球の全盛期を迎えていた俺とマネージャーのハヅキがハニカミながら写る写真を手渡してきた。
大切な三つのピース?
意味が分からない。
それより懐かしいなぁ…、この時は良かったなぁ。ハヅキもまだあどけない笑顔で俺の横にいるしなにより野球をがむしゃらにやっていたからな。
帰りたい…あの時期に……。
泥だらけの練習着を着た当時の俺を見つめる。
「さぁ…分からない。敢えて言うのなら、ハーレムだな――」
「ひっひっひっ――」
もう考えるのは辛かった。だからそう言って写真を返した。
それからは黒衣の店員が満足そうに不気味に笑うだけだった。
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