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こうやって、出来る限りお前のことを思い、誠意を尽くし、この仏壇を購入し、線香蝋燭で供養してみたが、気に入ってくれたかい? ……お前の喜ぶ顔を、勝手にまぶたの裏側に映し出している。ただし、何十年も前のお前の笑顔だが……。
お前は、ここ十年以上、わたしの前で笑うことがなかったからな。原因は、ひとえにわたしがお前をないがしろにしたことにあるのだから、文句なんてものはいえたものでないが寂しいよ。
結婚したのは五十年前だったな。その頃は、まだ、貿易会社で働いていた頃だ。お前は、キャバレーで働いていた。そして、わたしは一人の客だった。一目見たときから、お前にほれ込んだ。大きい瞳。形のいい鼻。肉感的な唇。そして、孤独味を帯びた表情。すべてが、わたしを惹きつけた。だから、わたしはお前を熱烈に求め た。
そんなわたしを、お前は信じてくれた。そして、結婚してくれた。
だが、わたしはお前と結婚して愕然とした。自分の変えようのない本能を発見してしまったから。その本能を発芽させた出来事がある。お前と寝具を共にすると、いつも頭の中に発露する記憶だ。それは、大東亜戦争中の出来事だ。わたしは陸軍に招兵されていた。そして、サイパンに配属された。遊撃軍として、森林に潜んでい た。そのときに、わたしはあるものを目撃してしまった。
――若い女性の死体だ。
森の中。急斜面の下。頭からは血が流れていた。手足があらぬ方向へ捻じ曲がり、骨が皮膚を突き破る。衣服は破れ、皮膚が露出していた。乳房には枝が突き刺さり血液は周辺を朱に染める。下腹部もあられもない姿。眼球は飛び出し、舌がだらりと垂れている。斜面から落ちたからだろう。顔を含め、身体中がすり傷で血が滲ん でいた。乳房に突き刺さった傷以外は深いものではなかったが、血塗れだった。黒肌に赤い血……とても綺麗だった。ただ、肌がもちもちの白肌だったならば、もっと血の色が映えたのに……。
わたしは死体を発見し、慄然としながらも、そんなことを考えていた。そのとき、背筋にぞくぞくとした寒気を走るのを止められないでいたが、わたしはそれが生理的な嫌悪感だと思っていた。だが、違った。ぞくぞくとした寒気は歓喜の震えだったのだ。
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