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お前。幸か不幸かわたしは生き残ったよ。
倒れているわたしを佳代が見付けてくれた。やはり、佳代は有能な女中だよ。お前もそう思うだろ。それにしても不思議だ。この家の仕事は決して楽ではないはずなのだけれども、いつまでたっても丸々と太っている。どこに、あれほどのパワーを蓄えているのか?
まあ、お前が遺言書で、財産一千万円のうち、三百万円を佳代に与える、と残したときは、驚いたが、今では妥当である気がする。わたしとお前の間をとりもってくれる存在としても、非常に世話になったからな。それに、遺書によると、佳代に手紙を託しているみたいだしな。佳代に問い詰めても、
『旦那様以外の身内の誰かが死んだら、中を見て欲しい、そして、旦那様が死んだら、封を切らずに捨てて欲しい、といわれたものでございます』
といって、見せてくれなかったよ。大方、お前はわたしの悪口でも書いているのだろう。
とんとん。
おや、ノックがした。誰かが入って来るぞ。
「どうぞ」
白衣を着た医者とあまり上等とはいえないスーツを着ている二人と、計三人の人物が入って来た。
はてな? こいつらは何者だ? 見覚えがないが……。見舞い客ではないな。
「どちら様でしょうか?」
先制攻撃を仕掛けてみた。
すると、「こういう者です」と、二人は警察手帳を見せた来た。大事になってきたよ。
「実は、あなたが今朝方倒れたのは、病気の類のものではないのです。毒物のためなのです。何か命を狙われる心当たりはありませんか?」
恐いことをいう。
「分かりません。悪いことは年の数だけやってきました。けれど、命を狙われたのは今回が初めてですね」
「その悪いこととは? 最近のものを教えてください」
「妻が四日前に自殺しました。理由は末期癌のためです。ですが、わたしが妻をないがしろに扱っていたから、天寿をまっとうしようとしなかった、といえるかもしれません。だから、妻をひいきに見ていた人が、天誅を加えようとしたかもしれないです。それから、わたしにはいくらか蓄えがあります。わたしの遺産目当てなのか もしれません」
「なるほど。それでは、具体的な人名を挙げてくれませんか?」
「無理ですね。わたしには人の心の中を覗くことなんて出来ませんから」
「……分かりました」
お前を大事にしていなかった、と子供たちには恨まれているだろうな。
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