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この二人が、殺すとすれば、母に対する思いだ。祐子はお前に懐いていたものな。
「お父さん。お父さんには悪いのだけれど、今日の通夜は、予定通り行うことになったわ。今晩のために時間を作っていただいた方に申し訳ないから」
「……わたしも是非立ち会いたかったが仕方がないな。退院すれば、いつでも焼香をあげられるしな」
「でも、……お父さんがお母さんのために、仏壇に参るだなんて思ってなかったわ……。だって、お父さんはお母さんが嫌いだと思っていた……」
お前、すまないな。やっぱり、祐子もわたしがお前を愛していなかったと思っている。
「いや、わたしは……」
恥ずかしいよ、お前。
「母さんを愛していたよ」
「そうなんだ……」
「母さんは、わたしのことを憎んでいたのだろうか?」
わたしは、そのことが一番気になる……。
「お母さんは、ただ、何もいわず微笑していたわ」
「そうか……」
わたしたちは、しばしの間、歓談した。そして、退院して落ち着いたらすぐに、祐子たちと、わたしの所有する十和田湖のペンションへ保養しに行くことを約束した。以前から、ずっと遊びに行こうといわれていたことだ。
「早く良くなってね」
そういって、祐子たちは帰って行った。
――さて、話すよ、お前。わたしは仏壇の前で拝んでいるときに、意識を失って倒れた訳だが、原因は蝋燭にあったということだ。ケースから取り出す際に選ぶであろう、表面に剥き出している数本の蝋燭に、毒物が混入されていたらしい。毒薬の名前は失念してしまったが、揮発性のものではなく、また、密封していなくても毒 性はなくならないらしい。そこが青酸カリとは違う、と医師は笑っていた。その毒薬は、燃焼(つまり酸化)しても毒性はなくならなく、むしろ毒性を増すという。どうやら、水に溶かして、注射器で蝋と紐の間に注入していたようだ。わたしは、今朝、その蝋燭を選び、火をつけてしまったらしい。そして、毒物は気化し、わたし を襲ったという訳だ。
誰がやったんだか……。
とんとん。
おや、また人が来たようだ。
「親父、気分はいいか?」
お前、文隆だよ。
「ああ、もう大丈夫だ。わたし自身としては、もう退院したいんだがな」
「そうか……それは良かった」
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