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「我を呼んだのは、お前か」
驚嘆まじりの低く、されど朗々とした一声が、月明かりに照らされた草原の闇夜に翻る。
同じくして草原を流れゆく微かな涼風が少年の頬を撫で、未だに残るほとぼりをさらっていく。
少年は、たった今目の前で起きた出来事を事実だと再認識した瞬間に、分厚く、薄汚れた魔道書を小刻みに震えた両手から零れ落とした。
「ほう、お前のような奴が召喚者か。……くっくっくっ、これは傑作だ」
少年を侮蔑したかのような重厚な笑い声が静かに響き渡る。月光の下に悠然としたその姿は、天にそびえる望月のような白銀の獣毛が映え、鋭利な爪と牙を持ち、スマートな図体は俊敏さをかもしだす。
そしてなによりも異色を放つのが、言葉。人の言葉を理解し、人の言葉を話すことができる。それが魔物との最大の差異だった。
「人狼……」
震えた声で少年は眼前の白狼をそう例えた。落ちた魔道書を拾うことも忘れて、その姿に釘付けにされていた。
しばしの沈黙。流れる時が、遅い。
「……我の名はラグ。名乗れ、小僧」
先に流れを断ち切ったのは人狼。悠揚とした足取りで少年に向かってゆっくりと歩み寄ると、威厳のただよう声色で言う。
不思議と恐怖はなかった。身体の震えは止まり、今は召喚に成功したというわずかな達成感と、ほどよい緊張感が少年を満たしていた。
地面に落ちた魔道書を拾い上げた少年の顔は凛々しく、剛毅な雰囲気をかもしだしていた。
そして少年は名乗る。毅然たる意志を持ち、覚悟を決めて。
「我の名はシリル・ヴェルレアン。――人狼ラグ、我は御前との契約を望み、ここに召喚した!!」
一片の曇りもない決意。迷いのない覚悟、意志。それらが人ならざる人狼の心を揺さ振る。
「シリル・ヴェルレアン、か。ならばお前の実力、我の主に相応しいかどうか試させてもらおう!」
一陣の風が二人の間を駆け抜ける。見事な望月は雲の影に隠れ、地上はまたしばらくの闇に落ちていった。
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