プロローグ. 逃走

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船の汽笛が遠くで聞こえた 実際は港にいるのだから、普通よりは近く聞こえる筈だ しかし、どうしても近くには聞こえない その理由は分かっている 自分の精神状態が尋常じゃない程、パニックに陥っているからだ 「ハッ、ハッ、ハッ、ハッ、」 うず高く積まれたコンテナを、身なりを豪華に着飾った男が、縫うように、そしてひたすらに走り続ける 一応、目的を持って必死に走っているのだ だが、暗く長いコンテナの廊下は、さながら、終わりのないマラソンの指定コースだった ちくしょう!ちくしょう!ちくしょう! 呪文の様に毒づく言葉は、どれもこれも心の中で終始する 途切れ途切れの息では、まともな考えも言葉にもならない 「ちっ……くしょう……何で……こんな……!」 ようやく出た悪態も、呼吸の乱れで酷くぶれた いや、呼吸の乱れだけが原因ではない その証拠に、男の表情は極限に強張り、濁った瞳には明らかな恐怖を抱いている 理性や理屈を無視した、本能に依る死の恐怖だ
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