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それは、全くの偶然だった。
県が主催の講演会に参加するため、受付を済ませた後に、懐かしい名前を耳にしたの。
まさかと思った。聞き間違いなのではないかとも思った。
同姓同名の別人とは思わなかった。だって、あの人の名前は私が今まで様々な人と出会った中けれど、居なかったぐらいに珍しい名前だから。
受付のほうへ振り向いて、その人の顔へと、ゆっくり胸を押さえながら見上げた。
あ…
受付を済ませたその人と目が合ってしまい、恥ずかしくなって、さっさと会場へ入った。
嫌だわ…変な女だと思われている。どうしよう…。
私がよく覚えていても、向こうが覚えてない可能性のほうが多いのに…。
あれから何年よ。もう二十年近く前というのに…。
しかも一緒に過ごしたのは、たった一年。
いくらなんでも、覚えているはずがない。
…自分で言っていて、なんだか悲しくなってきたわ。
「依田か?」
えっ!?
後ろから名前を呼ばれて、振り向くと…さっきの男性が柔らかい表情で立っていた。
「俺のこと、覚えてないかな?高橋光政。同じクラスだった…」
ドキドキして…声が出ない。
でも何とか首を横に強く振って伝えた。
「良かった。依田は変わってないから、すぐ分かったよ。こんなところで会うとは思わなかった。それにさっきの受付で依田の名前を見た時に、ひょっとしてと思っていたら、顔が合ったし、核心したよ」
嬉しくて…あまりにも嬉しくて…涙が出そう…
でも涙だけは堪えておく。
だって…見てしまったから…高橋くんの左手の薬指にキラリと光るものを。
そうだよね。うん。
それでも…再会出来たこと。覚えていてくれたこと。私を見つけてくれたこと。
とても感謝している。
だんだん現実を見ていくうちに、私にも落ち着きが出てきた。
「高橋くんは変わったね。あの頃より背が高くなって、男らしくなっている。声も低くなっているし、眼鏡も掛けてないし」
「そりゃあ、あの頃は小学五年生だからな。男はまだ子供だから」
そう…私の記憶の高橋くんは…小学五年生。
そして、私の恋心もまた小学五年生のまま…。
「私は成長が早かったから、あの頃はクラスでも背が高いほうで…高橋くんよりも高かったんだよね」
「そうだったな。あの頃の俺は背低順だと前から数えたほうが早かったから、それがコンプレックスだったんだが…」
お互いに、ほろ苦い思い出。
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