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「じゃあ、私、帰るね。…高橋くん、元気でね」
立ち上がって、笑顔のままで別れようと決めていた。
「依田もな」
「ありがとう…幸せにね」
『幸せに』と言うつもりはなかったけれど、言わないと…私の恋心の時間が動いてくれないから。
「依田こそ…幸せにな」
オールマイティのくせに、女心が分からないのが欠点かもしれない。
でもそこも好きだったよ。
軽く微笑み、それには応えることは出来なかった。
「最後に一つだけ…」
聞かせてほしいことがあるの。
「なんだい?」
「…私は…高橋くんにとって、どんな存在だった?正直に答えて」
迷惑だったでも苦手だったでもいいの。何でもいいから…聞かせて…
少し考えていたけれど、すぐに頬を緩めた。
「特別な存在だった…かな」
それは…どういう意味の…
「覚えているということはそういうことだろう。たった一年でもう二十年近く経つのに。これからも特別な存在なんだろうな」
…うまくはぐらかせられたのかしら?
…「特別」か…
その意味は年を経ることに変わる?それとも変わらない?
いづれにしても…高橋くんの胸の中に残るであろう私。
それだけでも、十分過ぎるぐらい。
「ありがとう。私も同じ。きっと」
「そっか」
「うん。じゃあね、高橋くん」
「…ああ。依田、その眼鏡姿、似合っている」
ふふふ。
高橋くんが眼鏡してない代わりに、今は私が眼鏡をしている。
見えなかったものが見える。
でも見えないふりをする。
早く大人になりたかった。大人になれば、すぐにでも高橋くんに会いに行けると思っていた。
でも今は子供に戻りたい。子供の無邪気さなら、素直に会いに行けたのに。
ケータイのない時代だった10代。
今はお互いにケータイを持っているけれど、やはりメアドでさえ聞けなかった。
それは臆病だからではない。お互いの生活が…道が別だから。もう交わることがないから。それを知ってしまっているから。
目を背けない。
私は強く生きていく。
そして、高橋くんに背を向けて、この会場から出ていく。
歩くたびに、小五の幼い恋心を落としていくの。さようなら。
そして、ありがとう。
幼くても、素敵な初恋だったことを誇りに思う。それはずっと胸に見えない勲章として輝く。
私は歩き出す。新しい私へ。
外は快晴の秋空。
私のこれからもきっと…。
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