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「……鉄棒部ぅ?」
逢坂可奈(アイサカカナ)は直前に耳にした言葉を、いささか呆れた口調で反芻した。
「剣道部じゃなくて?」
「そう、鉄棒部!」
返ってくるのは、明るく快活な声。怪訝そうな表情で繰り返した可奈とは正反対。
可奈の正面の席に座り、柔和な笑顔を浮かべている人物――野崎華(ノザキハナ)は本日三度目となる問題の単語を口にした。
「鉄棒部、です!」
可奈は椅子を引き、目の前でニッコニコしている幼稚園来の幼なじみと距離をとった。呆然としたその顔を見つめる。
――何言っちゃってんの、こいつ。馬鹿なの、死ぬの?
とまではいかないが、可奈の視線には端的にそんなニュアンスの意味が篭っていた。
「あぁ! 馬鹿にしてるでしょ、可奈! あたしは真剣そのものだよ!」
幼なじみの叱責を受け、ああ、と。可奈は回想する。そういえばそうだった。この子は昔ッから人と少し感覚がズレているんだった――。
例その一。アテネオリンピックで北島康介が金メダルをとったとき、あまりに凄い凄い言い出すものだから、水泳でも始めるのかな、と思いきや、彼女は温泉旅行に出掛けた。
(いわく、『水がとーっても気持ち良さそうだったから』)
例その二。全国クイズ選手権たるものでエキサイトしていたその次の朝、彼女は屈託ない笑顔とともに、昔流行った『へぇボタン』を持ってきて、一日中押していた。
(いわく、『ボタンを押す快感にはまったから、皆きっと頑張ってるんだろうなぁ』)
そう。華は“変人”なのである。着眼点がズレている、ともいう。それはかれこれ十三年間、学校どころかクラスをともにするという偉業(単なる腐れ縁)を成し遂げた自分が1番よくわかっている。きっと今回も上記の類のものだろう。
「で、今回は何に感化されたわけ?」
一応聞いてあげるという己の優しさに酔いながら可奈が尋ねると、ニマーッ、と。華は本当にホンットウに嬉しそうに微笑んだ。
「内村航平」
ほら、また始まったよ。可奈は自らの机に突っ伏した。
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