ゆきのにおい

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  「ね、空になにかあるの?」   じっと灰色の空を見つめる彼の横顔に話しかける。   「ん」   彼は空を見つめたまま小さく相槌をうつだけ。   彼の視線を辿るように私も空を見上げみた。   灰色に時折日の光がまざる空。 冷たい風が耳の感覚を奪っていく。   彼の耳を盗み見れば赤くなっていて、くすりと笑みがこぼれてしまう。   「耳、赤くなっちゃってる」   「うん」   ゆっくりと目を閉じた彼も少し微笑んでいた。   寒い冬が始まる。  でも冷たくなった指先を暖めてくれる貴方の手が、憂鬱な寒さなど忘れさせてくれる。   「雪が降るよ」   彼の茶色の目が優しく私を映す。   「どうしてわかるの?」   「雪の匂いがするから」   絡めるように指を掬い取られれば、私の指より冷たくなった彼のそれになんだか堪らなく愛しさを感じた。   「雪降るといいね」   「うん」        ゆらり揺れだす世界   水底から浮き上がってくる感覚に襲われる。   「すみません」   気遣わしげな声が小さく耳に届いた。 すっと目を開ければ、肩を揺する人と目が合った。   「もう、閉館です」   そう告げるとその人はゆっくりと行ってしまう。ぼんやりする頭で腕時計に目を落とせば、午後三時を少し過ぎたところを針がさしていた。   ほう、と息をつけば喉が微かに痛んだ。    控えめな暖房のぬるさに目覚めたばかりの身体がぶるりと震える。   椅子にかけていたコートに腕を通し、悠揚とした動きで席を立った。   受付には起こしてくれた人がいたが、もうこちらには見向きもしなかった。   外に出ればぐっと冷え込んだ空気が顔にぶつかってくる。   息はあっという間に冷やされて白く色づいた。   「さむいなぁ…」   そんな独り言が無意識に口をついて出てしまう。   耳の感覚もなくなる頃、指先も同じように冷たくなっていた。   ふと空を見上げれば、あのときと同じ灰色が広がっていて、眩しくて目を細めた。   「うそつき」   『雪が降るよ』   「雪じゃなくて雨じゃない」 つっと頬を伝った雫は雨にしては暖かくて、なんだか胸が苦しくなった。   手袋どこにしまったんだろう。   冷たい指がぬくもりを求めていた。
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