手記

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 私は彼女を愛していた。それこそ髪の毛から魂までに。  陳腐な言い回しだという事は百も承知だ。しかし愛に溺れた者は誰でもこのように思うのではないかと私は考える。  愛する彼女は研究者だった。研究者といえば大概は研究のあまり自らの容姿を気にも留めない者が多いものだが、彼女は違う。自らの容姿を研究への出資者獲得の武器に使用する為に手入れを欠かさず、そしてそれに私が釣られた。  決して美女と呼べるほどの美貌では無い。ただ、周りに並べられた研究者と比較すると彼女の容姿は目立ったのだ。小奇麗にしているせいか、白衣も研究者達の薄汚れた物より白く見えた。薄茶色の肩まで伸びる髪は陽光に照らされて鮮やかさを見せ付ける。小さな丸眼鏡の奥から覗く理知的な瞳は青く、私を吸い込むようだった。つまるところ、これらは彼女への愛ゆえに見せられた錯覚だったのだろう。  しかしそれでも変わらず彼女を愛していると思える私自身のなんと滑稽な事か。愛で狂うなど、私は彼女に感化されたのか。いや、既に感化されていたのだろう。少なくともこの館に彼女を引き取り、使用人達と共に暮らし、睦言を繰り返し聞かせた部屋で過ごす内に、私は……私『達』は彼女が持つ狂気の波に攫われていたのだ。  気がつけば次の餌食は私になっていた。きっと、もうすぐ私は彼女の材料にされるのだろう。あのおぞましい惨劇が繰り返される部屋の中に、今度は私が放り込まれるのだ。  だがそれでもいい。私が彼女の役に立つなら。  愛する彼女がこれを読む事を願って、最後の一言をここに記そう。 愛するソフィアへ。  君の狂気の産物に、幸あれ。  
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