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彼女は扉を開く、そこは大きなコンサート会場、中は階段のように段になっており、彼女はその一番後ろにある扉にいた
この位置から見る会場は眺めがいい、傷ついた心が少し和らいだ
カーペットとイスは赤で統一され、会場は薄暗い、明かりを放っているのはステージに当たる照明だけだ
ステージの上にはいくつか楽器が置かれているが、まだ誰もいない
彼女は階段をゆっくりと降りていき会場半ばまでくると適当な場所に腰掛けた
腰掛けたイスはとても座りごこちがいい
彼女は待った、ステージに現れる人達を、そのあいだ彼女は思いだしたくもない記憶を思いだしていた
つい先ほどのことだ、ほんの些細なことである、でもそのほんの些細なことが会場に入る前から彼女を傷つけていた、彼女は傷ついた心を抱えながらここへ来たのだ
ようやくステージに人が現れた、彼女のしらない無名のバンドだ
メンバーは男女が入り乱れた五人、男性一人がギターを手に取り、男性一人がベースを手に取り、男性一人がピアノのイスに腰掛ける
女性一人がドラムを前に腰掛け、女性一人がマイクを前に立った
ピアノが左、ギター、ベースが右、ドラムが真ん中の奥、マイクが真ん中の手前に配置されている
会場に静かにピアノの音色が響いた、なんて心地のいい音だ、心の中を洗い流してくれるようだ
ピアノの音を追うようにギター、ベースもなりはじめた、ドラムはまだならない
女性ボーカルは音楽に合わせて静かに歌いはじめた
会場に響き渡るその歌声はとても綺麗で力強い
ようやくドラムがテンポの良い音をならしはじめた
すべての音が交ざりあい、馴染んで、心に染み渡っていく、音楽がこんなにも素敵だとは思わなかった
音楽はサビに差し掛かった
女性ボーカルは手を斜め前に出して、その力ある歌声に更に発車をかけた
彼女は心に熱いものが込み上げるのを感じた
ぽろりと目から何かが落ちる、音楽を聞いて涙を流すのは初めてだった
心の中にある苦しみが、悲しみが、痛みが、全部涙に変わって流れていく
女性ボーカルは歌い終わりメンバーは退場していった
跡に残るは、光輝な余韻と静けさだった
彼女は立ち上がり降りてきた階段を登ってゆく
もう痛みはない、苦しみも、悲しみも、たとえこの後傷つくとしても、今はそれすらはねのけられそうだ
彼女は扉の前まで来た
ここを出れば現実の世界が待っている、でももう負けない、挫けない、彼女は扉を押し開けた
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