神と悪魔

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 宗教団体は冠婚葬祭の儀式を取り仕切る機関として長く人間社会に貢献し、それにつけ込むウマイ商売として、いえ、セレモニーの担い手として重要な役割を果たして来ました。  また、ある時は悲嘆にくれる人々に気休めを、いえ、悲哀の渦中にある人を勇気づけ、またある時は人間の思い上がりを諫め、反省を促す役割をも担って来ました。  少し違う話ですが、普段は信仰心など無いのに、受験者やその家族が試験の合格発表の日に、突如として神仏に縋る(すがる)ような態度を取ることは良くあることです。  また命のかかった手術や失敗したら失明するなどの難しい手術の時などに、その成功を願い、祈ることは人間として自然な行為であると思います。  恐らくは、世の中の不安材料がなくならない限り、困った時の神頼みの需要はなくならないものと思われます。  これから述べようとする論題は、宗教と信仰を否定するものでは無く、もっと哲学的なアプローチ、それも、これまでにない『新しい哲学』を科学的に模索する試みです。そこんところを、先ずガツンと理解していただきたいと思います。  それにしても挑戦的ですね。トンデモ論ですからね。普通におとなしい事を言ってたら期待を外してしまいます。
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