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「……あの店はなくなってしまったのか」
「そこにしましょう」
私が寂しそうに呟くのを聞いて、妻は間髪入れずにそう言った。
店の駐車場に車を停め、先に歩く妻の後を追うようについていく。店に入り、店員に促されるまま、私たちは窓際の席に向かい合った。
メニューが各々に手渡され、開くや否や、店員が『本日のお勧め』を語り出す。
私はメニューを閉じ、「それでいい」と言いながら店員にメニューを返した。妻もメニューを返し、私と同じものを注文した。
店員が去った後、私は小さく息をつき、窓の外を見つめた。
窓に妻が映っている。彼女は私を見て微笑んでいた。
「変わらないわね、あなた」
先ほどまでとは違う穏やかな声に、今度は私が驚いたように妻を見つめた。彼女は私から目を反らさず、微笑んでくれている。
「こういったお店、苦手だったわよね」
高級店や、妙に上品ぶった店はどうも苦手なのだ。仕事などで仕方なく使うときはあるものの、プライベートではよほどの事が無い限り足を進めることはない。
若い頃、私の周りには苦手とする店に行きたがる女ばかりがいたが、その中で、彼女は、妻だけは違っていた。
「ここにあった店は、二人で見つけたお気に入りだったわね」
妻は小さく笑いながら、窓の外に視線を向ける。
「もう、随分前に来たきりだったけど……」
穏やかだった妻の表情が、また寂しげに虚ろう。
「二人で過ごすのも……一年振りかしら」
妻のその言葉が私を突き刺す。私が彼女と会話も交わさなくなってから一年も経っていたのか。
「一年か……。早いと感じるときもあったが、この一年は長すぎたな。私の知らないことが増えすぎている」
妻が私に視線を戻し、昔と同じように微笑んだ。
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