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 重い体をやっと起こし、いつものように出掛ける仕度を始める。着替えが終わり、ビジネス鞄を片手に持つと、そのまま玄関に向かった。  普段なら私は、このまま何も言わずに家を後にする。しかし、何故か今日は妻のことが妙に気なっていた。  私は履きかけていた靴を脱ぎ、鞄を玄関に置いたまま家の中に戻り、妻の姿を探し始めた。  ダイニング、浴室、一階を捜していても、妻の姿はなかった。  私は階段を上がり、寝室を過ぎて、ベランダのある部屋に足を進めた。部屋の戸を空けると、春独特の乾いた強い風が私の動きを封じる。  戸のすぐ側に立ち、私は視線をさ迷わせた。部屋の中に姿は無い。ベランダには、白い洗濯物が風にひらめいていた。  その中に、彼女はいた。  洗濯物の入ったカゴを足元に置き、背を反らせながら洗濯物を干している。  私は声をかけることもできずに、彼女の背を見つめていた。  声をかけることができなかった。  そこにいたのは、私のよく知る妻ではなく、まるで知らない女のように思えた。  立ち去ることもできずに見つめていれば、不意に彼女の手が止まった。私の存在に気が付いたのだろうか。私は気付かれたくなくて、慌てて部屋の外に出ると、足音を忍ばせながらそっと家を後にした。  いつもより一本遅い電車で、窮屈に肩を窄める。見なれない顔が並ぶ中、私の頭の中は今朝の妻の姿で埋め尽くされていた。
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