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 その日、私は周囲から奇異の目で見られていたことだろう。  とにかく仕事を片付けることを目標に、飲食の暇さえもどかしく、昼食もパンをかじりながらパソコンに向かっていた。  流石に定時とまではいかなかったが、私は久し振りに日が落ちる前にタイムカードを押した。そういえば、タイムカードに黒い数字が打ち込まれるのも久し振りだ。一定の時間を過ぎると、数字は赤いインクに変わる。  帰宅時の赤インクの中に、今日の黒い数字が妙に鮮やかに思えた。  普段なら確実に座れる電車も今日は埋まっている。途中から朝にしか見れぬ学生たちの波が押し寄せ、私は今朝と同じように肩を窄めた。  電車の中に酒の臭いはせず、変わりに香水の独特な匂いが鼻についた。流れる景色はただの光の筋ではなく、明るい町並みだ。  帰路を辿ると、そこには暖かな家庭の雰囲気が漂っていた。  夕飯の香りと、子供たちの声。私の家にもまだ、明かりが付いていた。
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