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私は玄関の鍵を開け、妙な照れくささを感じながらも少し大きめの声を上げた。
「ただいま」
相変わらず静かな家の中に、私は小さく息をつき靴を脱ぎ始める。その間に奥の方から、小走り気味なスリッパの音が響いてきた。
私の目の前に現れた妻はひどく驚いた顔をしていて、私は小さく咳払いをして、もう一度彼女に向かって言った。
「ただいま」
妻は暫く呆然とした様子で私を見上げていたが、不意に視線が外される。妻の掠れたような声が、かすかに聞こえ、私は家の中に入っていった。
ダイニングに入り、妻は奥のキッチンに入っていく。
「ごめんなさい……あなたの分が……」
「いや、いいんだよ」
妻は私に背を向けたまま、俯き押し黙った。
私は重苦しい空気に息苦しさを感じながらも、努めてにこやかに続ける。
「そうだ、久し振りに外に食事に行かないか?」
「え……」
私の唐突な提案に、妻が不信そうな目で私に振り返った。
「ここ最近、私も忙しくて君と食事することもできなかったから。……駄目かい?」
妻はまた俯き、返答に困っている様子を見せている。
「ほら、用意をしておいで? 私はここで待っているから」
無理に急かしつければ、妻は困惑した様子を見せながらも二階に上がっていった。
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