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私は部屋のソファに腰を下ろし、背広の内ポケットからタバコを取り出した。火をつけようとしたが、灰皿が無いことに気が付き、キッチンの中に足を踏み入れる。
食器棚の下の方に確か入っていたはずだと記憶を探り、私は腰をかがめ下の開き戸に手をかけた。
その時、開き戸の上にある引出しの取っ手に額をぶつけた。私は姿勢を戻し、何気にその引出しを開いてみる。
引出しの中には家計簿や筆記用具などが整理されて入っていた。その隅に、水色の封筒が隠すように置かれていた。
私は何を思ったわけでもなく、その封筒を手にする。それに封はされていなかった。
封筒を広げ、中の紙を指先で摘む。
指先に触れるその紙の感触には覚えがあった。瞬間、背筋に何か冷たいものが走ったが、中を確認せずにはいられない。
恐る恐る封筒の中身を引っ張り出せば、紙の上部思った通りの文字が書かれているのが見えた。
私は何も見なかったように、封筒を元あったように戻した。そして何も持たずにキッチンを後にし、ソファに座りなおせば、ほとんど同時に階段を降りてくる足音が聞こえてきた。
その足音は部屋の前で止まり、ゆっくりと戸が開かれる。
妻は何も言わずに顔だけを覗かせ、一瞬私と目を合わせたが、すぐに俯いた。
私は鞄を持って立ちあがり、部屋の電気を消して妻の横に立つ。
「行こうか」
妻は小さく頷き、私の後ろを少し離れて歩いた。
玄関の壁に備え付けてある、十五㎝四方の鏡の左端に手を掛けて手前に引く。中はキーボックスになっており、私はその一つを手に取った。
「車を出すのは久し振りだな」
私の独り言を聞き流すように、妻はキーボックスの方に手を伸ばし、家の鍵を取り出した。
家の鍵をかけ、私は三分程歩いた先にある月極駐車場に向かい、妻は家の前で足を止めた。
妻が付いて来ないのを背中に感じながら、私は歩き続けた。
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