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 駐車場に入っていき、久しく乗っていない自分の車に乗り込む。エンジンをかけ、暫くそのまま動かずにエンジンを温めた。そうしている間に、先ほどの封筒のことが思い出された。  あれは、離婚届だ。  車の中で、私は一人頭を抱えた。  何てことだ。何てことだ。どうにもやりきれない想いが私の中を駆け巡っていく。  頭を一振りし、私は車を走らせた。  家の前で妻が背筋を伸ばし、首だけをもたげ立っていた。  私は彼女のすぐ側で車を止め、体を左に倒して助手席側のドアを開けた。妻は何も言わずに車に乗り込み、決して私の方を見ようとはしない。 「さて、何を食べようか?」  車を走らせながら、私は少し高めの声で妻に問い掛けた。 「何でもいいわ……」  窓から流れる景色を見つめる妻の声は、私に反するように暗く重いものを感じさせる。  私は横目で妻の方に視線を向けた。助手席の窓ガラスに、妻の無表情が映し出されている。私は前に視線を戻し、沈黙の重さを身に感じながら、昔よく通った道を辿っていった。 「ああ、そうだ。昔、二人で通った店に行かないか?」 「ええ……」  ようやく目的地が決まり、私は小さく安堵して車を走らせた。  店の近くの道まで出て、私はスピードを落とした。 「ここは、こんな道だったかな」  華やかなネオンに彩られた道を、初めて通るような感じを覚えつつ、私は車を走らせつづける。以前は外灯も少なく、細長い木が立ち並ぶ静かな場所だった。  その奥にある小さなレストランも質素な雰囲気で、静かな、落ち着きのある店だった。  そのレストランのあった場所まできても、それらしき建物が見当たらない。その代わり、サイドからライトに照らされた堅そうなイメージの店が、目の前に構えていた。
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