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 猫を飼っていたことがある。黒猫と言い切るには少し色が薄い、洗い晒しで色落ちしたような黒。短い尻尾は先の方で直角に折れ、上から見ると台形に見えて可笑しかった。  瞳の色は若草のような緑で、いつもじっと、大きな目で見上げてくる。あまり鳴かない猫で、なにか訴えたいことがあると、こちらが気付くまで見つめ続けていた。  押入れの中で眠るが好きで、夜になると、勝手に襖を開けて中に入っていく。だから襖の縁は爪あとでぼろぼろになっていたけど、人目につかない場所だったから放っておいた。  あの日の夜も、襖が少し開いていて、そこに入って寝たものだと思っていた。  夜中に何か引っかくような音と、「ニャー」と掠れた声が、かすかに聞こえたような気がした。だけど意識は半分夢の中で、確認もせずにそのまま朝を迎えてしまった。  朝になれば足元に擦り寄ってくる猫は、いつまで経っても姿を見せない。押入れの中を覗いても、家中どこを捜しても、猫の姿はどこにも見当たらない。家から出たことのない猫だったから、「外」だとは考えもしなかった。
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