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ぴんと三角に伸びた耳に、灰色の鼻の頭。丸い目はぎゅっと瞑られていて、両方に伸びた髭も、身体と一緒に小さく震えている。
兎のような後ろ足から見える尻尾は短く、先が直角に曲がっているせいで、正面から見ていると台形のように見える。色落ちしたような黒い毛で全身が覆われ、ちらちらと見える肉球は、鼻と同じように灰色がかっている。
どこからどう見ても猫である。成猫よりもまだ小さいその姿は、生後半年を過ぎたぐらいだろうか。
酔って捨て猫を拾ってきたのであれば、まだここまで悩みはしなかった。問題は路恵自身より、その猫のほうにあるのだ。
「そんな怖い顔しないでくださいぃ」
今にも泣き出しそうな震える声で、猫は路恵に訴えてくる。
小さな前足を山形の口元に当て、耳を後ろにぺたんと倒す。それでも背中から生えた、かすれた黒には不釣合いなほど真っ白な羽が、ぱたぱたと懸命に動いている。
(そうか、これは夢なんだ)
路恵は一人で納得し、四つん這いになってベッドに戻っていく。まだ温かさの残る蒲団にもぐりこむと、路恵は強く瞼を閉じた。
「あのう」
いくら蒲団の上で声がしても、これは幻聴なのだと言い聞かせる。腰の辺りに僅かな重さを感じなくもないが、それもきっと気のせいだと、目もとの皺をより深くしていく。
「あのう、差し出がましいようですが……」
何度声が聞こえても、路恵は目を開けない。小さなため息のようなものを感じたが、それも無視することにする。
「会社に遅れますよぉ?」
それまで閉じていた路恵の目が、機械仕掛けのように大きく見開た。枕もとの目覚し時計を鷲掴んで現在の時刻を確認する。丸いアンティークな形の時計は、七時四十五分を指していた。
「う、嘘でしょ……?」
普段ならもう出かけている時間だ。路恵は蒲団を捲り上げ、慌ててベッドから降りようとする。しかし耳元でシンバルでも叩かれているような頭痛に、身体は思うように動いてくれない。
頭を抱え込んでしまった路恵の周りを、ふよふよと何かが飛び回っている気配がする。
しかし今はそんなものに構っている余裕はない。どうにか立ち上がろうと身体に力を入れてみるが、頭痛と吐き気が同時に襲ってくるだけである。
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