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「ダメだ……」  起きる事を諦め、路恵はベッドの中に戻っていく。時計の横にあるコードレスホンに手を伸ばすと、横になったまま番号を押した。  呼び出し音が鳴っている間に、深呼吸をして気分を落ち着かせるつもりが、いきなり吸い込んだ空気に激しく咽かえってしまった。  電話先の相手は、突然聞こえてきた咳に、随分驚いたような声を上げている。 「す、すみません。川村ですけど、今日……」  休ませてくださいと切り出す前に、「風邪?」と相手は勝手に解釈して、休養することを強く勧めてくれる。路恵はそれに訂正も入れず、「お願いします」とだけ告げて電話を切った。  これで心置きなく寝なおせると蒲団をかぶるが、目の前には浮遊する猫の顔がちらついている。路恵が思わず舌打ちすると、羽を生やした猫は、ショックを受けたように身体を固まらせた。 「ひ、ひどいですうぅぅ」  若草色の丸い目を潤ませ、小さな前足でその目を覆う。それから丸い背中を更に丸くして、どこかわざとらしい泣き声を上げ始めた。  目の前で肩を揺らして泣き続ける猫を見つめ、猫の髭がそよぐほど大きなため息を吐き出す。まだ痛む頭を抱えながらベッドの上に座り、ちらちらと自分を窺い見る猫の髭をつまんだ。  歪んだ猫の口元に牙が見えて、路恵はその間抜けな顔に吹き出してしまう。猫はいやいやと言うように、前足を前に突き出して上下に振っている。  その姿はさらに笑いをそそってくれるが、酷くなる頭痛に手を離す。開放された髭を前足でさすりながら、猫は懲りずに、路恵の顔を下から覗き込んでくる。 「大丈夫ですかぁ?」  丸い小さな額を軽く指で弾けば、「おう」と大げさに仰け反って、まためそめそと泣き始める。
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