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身体を小さくして震えるその頭に、そっと右手を乗せてみると、ふわりとした感触を掌に感じた。猫が顔を上げて、若草色の瞳で、じっと路恵を見上げてくる。
路恵は思わず目をそらし、触れていた手を強く握り込んだ。
「路恵さん?」
首を傾げる灰色猫を見ないまま、路恵はベッドから降りて、キッチンの方へ向かった。
その後を、羽を動かしながら、猫が付いて来る。路恵が睨むように振り返ると、耳を伏せて目を潤ませるが、それでも猫は後を付いてくる。
「……ちょっと、アンタ」
「はい?」
「名前、名前なんていうの?」
大きな目を瞬かせて、横に伸びる髭が、ぴくぴくと動いている。それから首を傾げて、前足を器用に組んで見せた。
「さあ?」
「さあって、アンタ、名前ないの?」
多分、と頷く猫に、路恵はしばし考え込む。
ぱたぱたと動き続ける羽は止まらず、猫は路恵の前をくるくると回る。台形の尻尾が左右に動く様が可笑しくて、路恵は緩む頬を隠すように背中を向けた。
「じゃあ、アンタは『はねこ』ね」
猫が路恵の前に回りこみ、若草色の瞳で覗き込んでくる。
「アンタの名前。羽がついてる猫だから『はねこ』。なんか文句ある?」
途端に路恵を映していた瞳が輝きだし、口は三角に広げられる。鼻もひくひくとして、それに合わせて髭も動いている。
「はねこですかぁ。名前ですかぁ」
はねこと名づけられた猫は前足で両頬を押さえ、くるりと円を描きながら、何度も「はねこ」という名前を繰り返している。目を細めて、音譜がついているような笑い声を上げ、路恵の前で回り続ける。
「煩いわよ」
無防備な後頭部を指で弾けば、丸い前足でそこを押さえて、はねこが涙目で振り返る。しかしすぐに目を細めて、また嬉しそうに回るのだ。
路恵はそんなはねこを憮然と見つめていたが、笑い続ける猫に、いつしかつられるように笑い始めていた。
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