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誠司は営業車を降りると、陽射しの眩しさに目を細めた。
蝉の声が夏の暑さを上昇させるような勢いで聞こえてきている。誠司は辟易した視線を送り、冷房の効いた事務所へと急いだ。
「中浜さん」
不意に名前を呼ばれ、誠司は勢いつけて振り返った。
半袖のポロシャツによれたスラックス。渡瀬が愛想の良い笑みを浮かべて立っている。
「アンタ……」
「お久しぶりですねえ。相変わらずお元気そうでなによりです。ところでお時間いいですかね? 一〇分ほどで結構なんですが」
矢継ぎ早に喋る渡瀬に、「アンタも相変わらずだな」と誠司は笑って頷いた。
蝉の煩い木陰に入ると、渡瀬は四角い鞄の中から一枚の写真を取り出した。
「一週間前のお二人ですよ」
大木を背にして、髪を短くした翔子が微笑みを浮かべていた。その傍らに立つ少年は無表情のまま、焦点の定まらぬ瞳を空に向けていた。
「今のところ特定の物にしか反応しませんが、少しずつ表情も出てきてるんですよ」
――輝が笑って無くても笑ってくれてても、ずっと傍にいるから
翔子が輝を抱きしめながら伝えたのだという。それから輝は表情をなくした。
「……アイツの笑顔は、唯一の武器で、鎧だったんだな」
母親から心を守るため、自我を保つための鎧。
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