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ホテルの一室。
ベッドに座りながら、男は枕元の電話を見つめている。
彼は結婚をしていて、前日の夜に妻と喧嘩をした。原因は彼の浮気であった。結婚して、まだ3年程だが、妻を女として見られなくなった、 いや、興味が無くなっていた。
そして昨日、携帯のメールを見られ、浮気が発覚し、男は逃げる様にホテルへと逃げ込んだのだ。
とは言うものの、彼は離婚したいとは思っていない。何故なら、多額の慰謝料を請求されることが嫌だったからだ。彼は意を決し、受話器を手に取った。
コール数回で女の声に切り替わった。
「もしもし、俺だけど…」
男は恐る恐る彼女に話しかけた。
「俺って、どなた?」
彼女は、冷静な口調で答えた。
「どなたって、お前の旦那じゃないか。そんな冷たい事を言うなよ」
彼は少しムッとしたが、ここは自分が悪いと思い、申し訳無いと思っている様に弱々しい口調にする。
「ごめんなさい。声で分かったけれど、今はオレオレ詐欺が流行っているから…。あなた、今どこなの?」
彼女は昨日の怒りが消えたかの様に、弱々しい。
「今は駅前のホテルだ。昨日は済まなかった。出来ればもう一度やり直してくれないか?俺はお前と別れたくない。頼む。もう浮気はしない」
男はここぞとばかりに懇願した。
「本当に?本当に信じていいの?」
「ああ、約束する。だから信じてくれ」
「分かったわ。早く帰ってきて」
「ありがとう。俺達は夫婦だ。お前の事を理解しているから、必ず分かってくれると思っていた。それじゃあ、これから戻るよ」
電話が切れ、彼女は受話器を置き、後ろに座っている女に電話の内容を伝えた。
『そう、やっぱり…。ごめんね、友人のあなたにしか頼めなくて…』
話を聞いた女は、そう呟く様に言った。
「で、決めた?」
『うん。妻の声も分からないなんて、本当に私に興味が無い事が分かったわ。これで、踏ん切りが付いた』
涙ながらに話す彼女の手には、離婚届があった。
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