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「これが宿泊ホテルのパンフレット。あと適当に観光のパンフレットも持ってきたけど、お母さんとちゃんと見てよ」
今年で三十四歳になる娘の由紀は、居間の座卓にばらばらとパンフレットを広げている。
夫は新聞の影からちらりと娘を見て、興味などなさそうにまた紙面へと視線を戻す。がさっと、新聞紙を捲る音が聞こえた。
「母さん。母さんもパンフレット見てよ」
私は居間の隅で、娘が話している間、ずっと浴衣を縫っていた。針の手を止め、不機嫌な表情の娘を見上げた。
「ありがとう、由紀。ちゃんと見ておくから」
娘は小さくため息をついて、新聞を読み続けている夫を睨むように見据えた。
「これ、新幹線のチケット。今週の土曜日だからね、忘れないでよ」
娘はチケットを夫に差し出したが、それは受け取られることなく座卓に置かれた。
今日、六月十五日は私の五十四歳の誕生日で、娘は私たち夫婦に一泊二日の温泉旅行をプレゼントしてくれた。
十七日の土曜日、伊豆の熱海まで出かけるのだが、夫は乗り気ではない。娘が勝手に決めてしまったことだから、それはしかたのないことだった。
娘が私を見る。その表情が不機嫌なものから、私を気遣うものに変わっていた。
「本当にありがとう、由紀ちゃん」
娘が首を振る。その様がひどく寂しそうで、私はまた針を動かし始めた。
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