「見知らぬ夫婦」

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 朝は味噌汁と炊き立てのご飯、それに少し甘い卵焼き。私は砂糖の入っていない卵焼きが好きだったが、夫の家で作られていた卵焼きは甘かった。だから私も、甘い卵焼きを食べるようになった。  夫は起きてくるなり新聞を広げ、用意してある朝食に無言で箸をつける。  結婚したばかりの頃、「新聞を読みながら食べるのは身体に悪いですよ」と言ったことがあった。  夫は眉間に深い皺を作り、箸と新聞を座卓に叩きつけるようにして、そのままさっさと着替えに行ってしまった。  私は慌てて夫の後を追い、謝ることもできずに夫の身支度を整えた。  それから夫のすることに口を出したことはない。  私は外に働きに出ることを許されていなかったから、夫の収入で暮らしていくしか生きていく方法がなかった。  お酒を飲んだ夫に襟首をつかまれ、外に放り出されることもあった。それでも朝になって朝食や衣服の準備ができていなければ、夫は激昂して小さな娘を怒鳴りつける。  だから夫がお酒を飲みだす前には、そっと窓の鍵を外しておいた。そして夫が寝付いた頃を見計らって、窓から家に入って朝の準備をしていた。  私を放り出した翌朝も、夫は言葉も交わさず新聞を広げ、朝食に箸をつけるのだ。  娘を省みない夫、浮気、そんなことを繰り返す毎日で、何度か家を飛び出そうと考えたこともあった。  そんなときいつも、母の言葉が私を止めた。
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