「見知らぬ夫婦」

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 結婚をするとき、「帰る場所があるから、不平不満の心が出てくるの。もううちの敷居はまたげない、そう思って尽くしなさい」そう言われて家を出された以上、実家を頼っていくこともできなかった。  母が亡くなる少し前、母もそう言われて家を出されたのだと聞いた。 「すまなかったね」と、そのとき泣いた母の顔を、私は忘れることができないだろう。  私の父は寡黙ではあったが、不器用なだけで、決して愛情の薄い人ではなかった。母と笑いあいながら会話する姿もよく見かけた。 「すまなかったね」  泣く母の横で、年老いた父はずっと俯いたまま、皺だらけの痩せた手を握り締めていた。  夫は結局一度も、病気になった母を見舞ってはくれなかった。通夜も葬儀も、「仕事だ」の一言だけで、夫は参列さえしなかった。  娘だけを実家に残し、通夜が終わったその足で、私は夫の朝食と身支度のために一度戻らなければならなかった。 「すまなかったね」と何度も繰り返していた母の代わりのように、父はそのとき、私のためにも涙を流してくれていた。
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