第五回

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 私には恋い焦がれている人がいて、いつも彼の事ばかり考えてしまう。  彼は私の事を、女友達だと思っているのかもしれないけど、私は…… 「大好き」  部室棟に行く途中、私は小さく、そう零した。  傍に彼がいるわけじゃない。けど、だからこそ、すんなりと言えた。  まわりには気づかれていないが、なんだかとても、むずがゆい。また別の機会にしようかと弱気になり、両頬を軽く叩いて、それをいさめた。  これから、彼に想いを告げるのだ。いつまでも、また今度にしていては進まない。  二時頃、彼は大抵部室にいる。そして、あまり他の部員が来ることもない。  私は高鳴る胸を押さえながら、部室の前までやって来た。  ふと、ドアの向こうから声がして、私はドアの窓から、そっと中の様子を窺った。  彼の他にもう一人。背を向けていて顔は見えないが、後ろ姿で後輩の女子だとわかる。  聞いてはいけない、見てはいけないという予感が、全身を震わせる。  呼吸が思うようにできない。 「……うれしい」  喜びで震えた声で、彼女はそう言った。 「困ったな。泣くなよ。泣き顔も……可愛い……けどさ、笑っていて欲しいんだ」  彼の頬がほんのり赤い。口元をゆるませているが、少し困った顔をしていた。  やがて少し悩んでから、彼はポケットから青いハンカチを取り出した。  私はそれに見覚えがあった。以前、彼にあげたハンカチだ。  彼はそのハンカチで、彼女の頬を優しく拭う。  それを見て、心臓がえぐりとれたような苦痛を感じた。 (……っ! 馬鹿っ!!)  目の奥から熱いものがこみ上げてきて、視界が徐々にぼやけていく。  ふと、彼がこちらに目を向けた。  私は弾かれるように部室から、部室棟から逃げた。  気がつけば人気のない住宅街をうろついていた。  私はぼんやりとする頭で、先ほどの事を思い返す。  ちらりと見えた彼女の頬はほんのり赤かく、甘い匂いがあたりに満ちていた。  まるで、真っ赤に熟した果実のよう。  ……ガリッ。  なんだか無性に悔しくて、腹立たしくて、情けなくて、唇を噛んだ。じわりと血が口の中に広がる。  熟す前に、地に落ちてしまった青い果実。  実りの季節に似合わぬその果実は、ただただ苦く、容易には呑みこめない事を、私は知った。
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