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私には恋い焦がれている人がいて、いつも彼の事ばかり考えてしまう。
彼は私の事を、女友達だと思っているのかもしれないけど、私は……
「大好き」
部室棟に行く途中、私は小さく、そう零した。
傍に彼がいるわけじゃない。けど、だからこそ、すんなりと言えた。
まわりには気づかれていないが、なんだかとても、むずがゆい。また別の機会にしようかと弱気になり、両頬を軽く叩いて、それをいさめた。
これから、彼に想いを告げるのだ。いつまでも、また今度にしていては進まない。
二時頃、彼は大抵部室にいる。そして、あまり他の部員が来ることもない。
私は高鳴る胸を押さえながら、部室の前までやって来た。
ふと、ドアの向こうから声がして、私はドアの窓から、そっと中の様子を窺った。
彼の他にもう一人。背を向けていて顔は見えないが、後ろ姿で後輩の女子だとわかる。
聞いてはいけない、見てはいけないという予感が、全身を震わせる。
呼吸が思うようにできない。
「……うれしい」
喜びで震えた声で、彼女はそう言った。
「困ったな。泣くなよ。泣き顔も……可愛い……けどさ、笑っていて欲しいんだ」
彼の頬がほんのり赤い。口元をゆるませているが、少し困った顔をしていた。
やがて少し悩んでから、彼はポケットから青いハンカチを取り出した。
私はそれに見覚えがあった。以前、彼にあげたハンカチだ。
彼はそのハンカチで、彼女の頬を優しく拭う。
それを見て、心臓がえぐりとれたような苦痛を感じた。
(……っ! 馬鹿っ!!)
目の奥から熱いものがこみ上げてきて、視界が徐々にぼやけていく。
ふと、彼がこちらに目を向けた。
私は弾かれるように部室から、部室棟から逃げた。
気がつけば人気のない住宅街をうろついていた。
私はぼんやりとする頭で、先ほどの事を思い返す。
ちらりと見えた彼女の頬はほんのり赤かく、甘い匂いがあたりに満ちていた。
まるで、真っ赤に熟した果実のよう。
……ガリッ。
なんだか無性に悔しくて、腹立たしくて、情けなくて、唇を噛んだ。じわりと血が口の中に広がる。
熟す前に、地に落ちてしまった青い果実。
実りの季節に似合わぬその果実は、ただただ苦く、容易には呑みこめない事を、私は知った。
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