『10月24日 土曜日』

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 気が付いたらふとある場所にいた、なんて、そうそうあっていい事ではない。  記憶喪失や夢遊病、痴呆やその他の疾患でない限り、日常生活においてそんな事はまずない。    それならばなぜ俺はここにいるのか。そうケンジは思った。 「大丈夫か! 気をしっかり持って!」  見知らぬ誰かが凄まじい剣幕でケンジを呼ぶ。  ケンジが抱いた疑問は、正確には、なぜ俺はここに「寝て」いるのか、だった。  なんだ? あんたらはなんだ? 俺が何をした?  身動きの取れない状況で、そう問い詰めてやりたかった。しかし思うように声が出ない。  そんなことも露知らず、見知らぬその男は、しきりに俺の頭に白い布を当てては、赤く染めてそれを放る。ケンジにはその程度の認識でしかなかったが、事態はもっと深刻だった。ケンジが見た白い布の正体はガーゼで、それを染めた赤は紛れもなく、彼の血だった。朦朧とする意識の中で──もっとも本人にその自覚はなかったが──状況を理解することもできず、ケンジはなんとなくそれを眺めていた。一体、俺は何をされているんだ。  次第に聴覚が戻ってくる。その途端にけたたましいサイレンが脳髄に響いてきた。それは来るわけでも去っていくわけでもなく、常にケンジの視線の先で鳴り続けていた。  かたわらでは、俺の体から溢れ出ていく血液を食い止めようと必死な男がいる。  ──彼は救命士。ケンジがそう判断したのは全てが分かってからだった。ここは救急車の車内だ。  そう認識すると、ケンジは再び眠りに就いた。      つんとした、甘いようなだるいような、生ぬるい香りがケンジの鼻を衝いた。  目覚めてみると、そこは白い部屋だった。  ただ何となく目だけで部屋を見回す。体を起こそうともしたがどうにも力が入らず、首を回そうとしてみると痛みが走った。一つの感覚が眠りから目を覚ますと、それにつられて他の痛みも蘇る。体の随所が痛かった。これは下手に動くべきではないと、体はそう告げていた。
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