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「あっ」そう声をあげた誰かが傍に寄ってくる。「目が覚めた」
白い服に身を包んだ優しそうな看護師が、静かな口調で話しかけてきた。
「こんにちは。目が覚めましたか? ご自分のお名前わかりますか?」
「……三島、ケンジ」
この美人は誰だろう。なぜそんな事を聞くのだろう。
「ここは病院ですよ」
ああ、そうか。この気だるい独特な匂い。ここは病院なのか。
「何があったか覚えてますか?」
優しく、しかし試すような目をして看護師は問う。
何が、あったか? その質問で、ケンジは定かでない記憶の中へと追いやられた。
救急車の中で男が──救命士が俺を呼んでいる。あれは処置だった。
しかしこの顔の整った白衣の女性──いわれてみれば看護師だ──が求めていることはそれではない。もう少しばかり前の事だ。
「三島さん、事故に遭われたんですよ」
「事故……」
ケンジは上の空で復唱した。
そこは、今では廃墟と化した豪邸が角にそびえるT字路だった。その広さのあまり手の加えられることのなくなった庭が「お化けジャングル」と称され、公道にまではみ出した枝やら葉やらでその路地は見通しが悪くなっていた。
最近の自動車は技術の発展により騒音も克服している。そんな先進カーが接近しているとは気付きもせず、「事故多発 出会い頭注意!」と警告する看板を横目で掠めると、自転車を走らせるケンジはT字路に差しかかった。
次には、ケンジの体がどんと鈍い音を立てて落ちていた。
そこまでをはっきりと思いだした頃、恰幅の良い医師がケンジを診察していた。
「特に異常は見当たらないから、水飲ませてみて」医師は看護師にそう言うと、次いでケンジを見た。「それで大丈夫だったらご飯始めるか。点滴はもう少し続けるよ」
確実に、しかしあっさりと指示を出した医師は、にこりともせずに病室を出て行った。「仕事」という言葉が脳裏をよぎった。
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