『10月24日 土曜日』

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「じゃあベット起こしますね」  看護師はそう言うとリモコンを手にした。いつの間にスイッチを押したのか、ベットの上半分が徐々に起き上がり、緩やかな傾斜の背もたれへと変わる。  医師が来てから今まで、ケンジはその間中ただぼーっとしていた。投げかけられた質問には答えていくものの、頭の中は空っぽだった。何も考えられない。  首だけを動かして、なんとなく窓の外に目をやった。ここは一階だった。病院の建物に囲まれた作り物のような中庭が、そこにはあった。整えられた緑たちが、まるで太古からそうであったかのように事も無げにそこでそよいでいた。  その中に、一人の少女がいた。立派な大木の傍のベンチで、夕映えしながら手のひら大の本を開いている。彼女はセミロングの髪を掻き上げてからページをめくった。 「三島さん、少しお水飲みましょうね」  はたと現実に引き戻されると、目の前には水の入ったコップが差し出されていた。柔和な頬笑みを浮かべる看護師と目が合う。しげしげと彼女の顔を眺めると、もう一度だけ外に目をやってからコップを受け取った。  窓の外に、もう本読みの少女はいなかった。
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