第一章*桜の蛇、狛犬の覚醒

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「―――その汚らしい手を放してもらおうか」 低くなりきれない、声変わり直後のような少年の声が、重々しい言葉を響かせる。 とたん、周囲が紅い輝きを放つ。 それは熱を帯び、爆音と共に空洞の闇の中で炸裂した。 絡められた腕が夢留由の細腰から離れ、華奢な体が後方に倒れる。 「っ夢留由!!」 とっさに駆け付けた羅央の逞しい腕が、力の入らない体を受けとめる。 空留由が額に手をやると、小さく唸りわずかに身じろぐ。 「…あ…れ?ボク、一体…」 思わずホッとすると、三人の前に小さな影が立ちふさがる。 「―――男、の子…?」 いまだぼんやりとする頭に送られてきたのは、辺りに負けないくらい燃えるような鮮やかな赤髪の、明らかに自分より年下に見える少年の画像。 華奢な背がふとこちらに振り返る。 その瞳に、夢留由は思わず魅入られた。 少し鋭い幼さの残る瞳は、まるで紅玉を埋め込んだかのような、鮮やかな紅。 「―――君は……」 「お前が、我が宿り主、新たな主人(あるじ)」 「え…?」 困惑する夢留由に、少年は揺るぎない言葉をぶつける。 「童(わらべ)よ、我が名を呼べ。さすれば契約が結ばれん」 一瞬、頭が真っ白になった。 ケイヤク? 彼は今、『契約』と言ったのか? そして、はっと気が付いた。 彼の頭から、人のそれとは違う、そう、犬のような耳が生えていることに。 「君は…!?」 「呼べ。我が名はシュカ―――朱(あけ)の、夏だ」 どくん、と夢留由の鼓動が、否、魂が高鳴る。 血が熱を持って体を巡り、本能を掻き立てる。 震える唇に力を込め、夢留由はまっすぐに少年を見据えた。 「――――朱夏」 キン、と何か糸が張るような音が響き、光に包まれた少年―――朱夏の首に首輪のようなチョーカーがはまる。 光がおさまると同時に、朱夏の表情が変わる。 微笑を浮かべ、閉じていた瞼を上げた。 「契約はここに成った。主よ、命を」 大地の瞳を目一杯開いていた夢留由は、朱夏の言葉にキッと漆黒の空間を睨み付けた。 「あの空間の消滅、よしんば中のものを引きずりだして!」 「―――御意」 夢留由の言葉に、朱夏は笑みを深める。 彼の腕で炎が渦巻き、火炎弾となって空間へと飛び込んでいく。 漆黒が赤く染まり、火の粉が舞い踊る。
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