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朱夏の言葉に、夢留由は目を見開く。
脳裏に、昔、父に見せてもらった妖怪絵巻が浮かんできた。
桜の木に巻き付いた、巨大な白蛇。
―――おとーさん、これ、なぁに?
―――この白い蛇かい?
―――うん
この時、ぽん、と、父は困ったような顔で笑っていたのを、よく覚えている。
―――これはね――……
「主っ!!」
朱夏の声に、はっと思考の海から帰還する。
見ると、蛇桜の掲げた腕に、ぞくっとするような禍々しい黒い妖気の固まり。
―――あたれば、確実に死ぬ
そんな警鐘が脳内でがんがんと響く。
ぱん、と柏手を打ち、数珠に霊気を集中させる。
熱を帯びた力が周囲を赤く染め上げた。
「―――炎舞――…」
"―――臨の舞…!!"
黒い気弾が放たれるのと、五芒の炎の盾が完成したのは、ほぼ同時。
弾けた気弾は悍(おぞ)ましい闇を盾の外に作り出す。
この寒気が、蛇桜の力の強さを示していると考えると、勝てるのだろうか、と不安に駆られた。
「夢留由、どけ」
翠の光が視界を覆い、夢留由は反射的に右へと体をずらした。
先程まで夢留由が立っていた位置を、いくつもの真空の刄が風を纏って通過する。
「っ何!?」
予測していなかったのだろう、蛇桜の顔に初めて驚愕の表情が浮かぶ。
炎の盾をすり抜けたそれは漆黒の闇を吹き飛ばし、まっすぐに蛇桜へと飛んでいく。
いくつかは弾くものの、残りを擦らせ、美しい着物や顔が己の血に染まっていった。
「何が目的か俺は知らねぇがな」
後ろから、ぽん、と夢留由の肩を大きな手が叩く。
上げた視線の先には、険しい表情の幼なじみ。
「こいつらに手を出すってんなら、容赦はしねぇ…!」
「羅央…っ」
「お…っのれぇ…!!」
怒気をはらんだ声が、周囲の熱を奪っていく。
射殺されそうな視線をまっすぐに見据え、羅央は再び力を集中させる。
とたん、それまで恐ろしい形相だった顔を崩し、蛇桜はにたり、と嘲った。
「致し方ない…。その童(わっぱ)に免じて今は退こう」
そして、くるりと背を向ける。
羅央がとっさに放った鎌鼬を今度はやすやすと全弾避けた。
「我は諦めぬぞ。紅犬―――特に、貴様はな」
「―――っ!」
それだけ言い残し、再び開いた漆黒へと、彼は消えていった。
「っ待て―――」
「よせ、深追いするな」
朱夏の静止に、羅央は不満ありありな顔を浮かべる。
文句を言おうとして、しかし、苦渋に歪む彼の表情に数々の言葉も引っ込んだ。
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