壱 ここで会ったが何年目?

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  「逃げろ、龍生……」  目尻にうっすらと涙を貯めて、シャルラは声を漏らす。苦痛を押し止めているからか、その声は弱々しくほとんど聞き取るのも難しかった。 「……シャルラ。この状況でこの僕が、逃げると? 君を置いて?」 「コイツは、龍生がどうにか出来る相手ではない」  息を整えながら立ち上がるシャルラをニヤニヤと馬鹿にするかの如く見ている男を、シャルラは睨み付ける。身体中を巡る痛覚がシャルラを追い詰めるが、それでもシャルラは笑いを溢した。  それは強敵に対する恐れよりも、喜びの方が勝ったからだろう。 「さっきのはかなりのものだと思いましたが……それでも立ち上がるとは、流石タオス家。そうでなければ面白くない」 「龍生……いいから、早く行け」  シャルラが鞘に入ったままの日本刀を構えるのを見て、男は歪んだ笑顔をシャルラへと向ける。けらけらと無邪気に笑うその姿は、このような場面でならば街行く人々の興味を惹き、それなりにちやほやされるだろう。  しかし、今この場面においては気味悪いことこの上ない。 「……世間ではタオス家は血も涙もない鬼の一族だと言うけれど、どうやらシャルラは違うみたいだね」  シャルラの言葉通りに逃げるつもりのない龍生は笑顔でシャルラに近付いていく。ある意味で、気味の悪い笑顔を浮かべる男と同じように龍生のそれもこの場面には不釣り合いと言えよう。  
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