君は私と涙のいろは

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 私はこれまでにこの一生を駆けてきたことに最大の幸福を覚えています。ですが、またあの頃とは、またたくまに散り欠けてしまった宝石のよう……それも、それらはきちんと宝石箱のなかに大事にしまわれていて、皆々が常日頃から、知らず知らずのうちに、無くさないように、無くさないように、と、心の何処かに秘めていらるることを存じあげたいのでもあります。  時代とは如何なる時も、私達を簡単には気付かさせてくれないものなのですね。ああ、私は今では未亡人の身、日々、幸福だった頃の最盛を胸から取り繕うことなく、あたたかく取り出しながら万華鏡のようにかわっていってしまった二度と取り戻せない思い出などを、毎日、無情とは言えども、整理している月日だったのです。  ですが、人生とは突然なる不遇には適応されていません。それを世代は、年の暮れだと言って私を苦しめます。それっきり、唇が上手に動かずにほとほと困り果ててしまったこともございました。  近所の街中を散策してみても、否応なしの日々のつまらない受け答えが、相手の微笑みは私を醜悪さ極まりない体質へと変えていくのです。  子供は訳あって、産めずじまいなのですから、さらに周囲と一線を画さずにはいられないと言った所です。  そのかわりひとりで過ごす日々が増えました。ですが、毎週末の人気のいない隙をうかがっていた時分はとうにいなくなり、もはや今では若く廃れてしまった次第なので、伺うことなく端の席に座り、片時も小説から目配せを止めない、と言ったばかりです。  だけど、月に一度は気分転換しなくちゃならない思いが、やはりまずかろうにも灯心していては、美術館へと向かったりもしていました。  私は不孝者の上、最後の顔合わせにもやむなく参加できなかった葬式、命日からは早二十年……。  今では天涯孤独の身でもあります。  そんなことは特別、意味あることでもなく、今日の明後にてあの方の最後の命日となる時。  私は、今までに起こった数ある少ない幸せの日々、素晴らしい気色の世界を、誰かに読んでくれては本望だと、思い出をひとつ残さずちりばめてみたいと思います。ですから、多少の猶予を私にください。時は迫りますが、恥ずかしいことも私は今では感じないほどの高揚感に包まれているようなのです。  ――もっと愛し合いたかった世界に二人だけの素晴らしき物語は、今より二十年前ほど付き合ってはくれませんか?
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