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「零のやつもそんなことを言ってやがったが、どういう意味だ……?
俺はちゃんと仕事をこなしてるし、今回も……」
「問題は仕事をこなしてるかどうかじゃない。もっと内面的なことよ」
冷たく言い放たれる言葉とともに、「つまり」と、唇を震わせながら、鈴のポケットに入っていた手が持ち上がり、指に挟まっていたタバコを自身の口に加える。
静かな夜の空間にそぐわない火を、ライターから灯した鈴は、
「自分のことより他人のことを無意識に考えてしまっているような世話焼きに、『人殺し』って作業は最悪な組み合わせってことよ」
「……つまりどういうことだよ?俺に暗殺者をやめろって言ってんのか?」
煙草の煙りに隠れながらも、緋音の眼光は輝き、ぎらつく。刀の柄に手をいつでも相手を殺せる状態を思わせるその状態は、まるで肉食動物のようだ。
だが、鈴はそれに目を向けることさえせず、
「そうは言ってない。でも、一つだけ忠告しておくわ」
大人びた口調で、言葉を続けた。
「『悪』を殺すのを少しでも躊躇するようになってしまったら……あなたはもう暗殺者ではいられない」
「……ははっ」
軽く、渇いた笑い声を一瞬だした緋音は、体の向きをクルリと変え、出口に向かって歩き出すと、
「そりゃあそうだろうな。確実に、冷徹に、決められた相手を殺す。それが暗殺者……だろ?んな事は嫌ってくらいに分かってるさ」
まるで同年代の知り合いと話す時のような軽い口調で、背後の人間にそれだけ言い放つと同時に、緋音はドアを閉める。
喫茶店に残された鈴は、ただ静かに、
「……あんたは何にも分かっちゃいないわよ」
煙草の煙を吐き、何かを噛み締めるような表情を見せながら、一人呟く。
「本当に分かっているとしたら、きっとあんたは今の自分を、許せないだろうから」
ガンガンと、古いアパートの階段を、緋音の足が鳴らす。
そして、ガチャンと鍵の開く音で、アパートの一室のドアが開き、真っ暗な空間が緋音の目に飛び込んできた。
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