事件の予兆、怪しげな異変

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その日の深夜。 ガラッと音をたてて喫茶店の戸が開いた。鈴が経営している『キャッツ・ベル』。そこに、一人の男の影が入り込む。 「……よお」 「早かったわね」 一言一言で言葉を交わし合う男女。「秋宮は?」と緋音が聞くと、鈴は奥で寝ている。と、指の動きだけで伝える。 「で、今回の標的は?」 「あんたが求めてる男の情報を持っているかも知れないわ。名はガース=コール」 「外人かよ」 「外人でも、私達の言葉は通じるはずだし、何より武器の使い方は並以上よ」 夜の暗闇の中、電気をつけることもせず、低いトーンの声が行き来する。 その中、片方の影が小さく俯いた。 「……こいつは殺さなけりゃ駄目なやつなのかか?」 「……“屑”だから。今まで許されざることを散々やってきた。だから、殺しなさい。これは義務よ、蒼紅の暗殺者」 緋音はそれを聞いてから、自嘲気味に笑うと、「そうか」と答えて、 「久しぶりだな。人を殺すのも」 「入学以来ってとこかしら?それ以来あんたは、殺さずに遂行できることばかりやってたから。 まだやり直せる“悪”ばかりを相手にしては、二度と“こっち”に来ないようにしてたからね」 鈴はそこに小さく「でも」と、付け加えると、 「今回は無理よ。その標的は堕ちるところまで堕ちた。……引き上げられないほどのところまで」 「……了解。腕が鈍ってなけりゃいいんだけどな」 軽い笑いとともに答えられたその言葉は、暗い空に響くことなくのまれていく。 それから少しの沈黙の後、鈴は奥の部屋まで、緋音の暗殺時専用の服をとりに戻った。 その部屋にあるタンスの中を見て、鈴は小さく畳まれた服をジッと見ると、一人ポツリと呟いた。 「……私が心配なのは、あんたの心が鈍ってないかよ」 蚊の鳴くようなか細い声。それに答える人はいない。 鈴は暗闇を少しでもごまかすように、白い溜め息をついた。
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