第漆幕【憧】

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―――深夜。江戸の真撰組屯所に一台の車が止まった。 運転席の隊服の男がまず降りる。銜え煙草に漆黒の髪。三白眼の白い部分が妙に月下に冴えて……一種異様な雰囲気を纏う。 男が車のトランクを開けるとくぐもった呻き声がした。 支えられて起き上がる人影には奇妙なことに腕がない。いや……。 「着いたぜ。狭かっただろう?もう少しの我慢だからな」 服の上から厳重に縛られているのだ。男はトランクの人物に黒い袋を頭からかける。……まるで月明かりを浴びて銀色に煌めくその髪ごと、全てを闇に溶け込ませようとするかのように。 「静かにしろよ。周りに気づかれるぜ?」 ひそめた声は台詞とは裏腹に奇妙に浮き立って。 男はそのまま袋の口を縛り……肩に担ぎ上げる。そうして屯所の奥へ向かう。地面には……一見しただけでは分からないように細工された入口があった。取手のついた扉を引き上げれば深く……暗い階段が続く。男の手元が僅かに光り……闇の向こうへと消えていった。
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