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額に口づけ、幸せそうに微笑う鬼。
心の平穏を漸く手に入れた……それがどんなに非道な振る舞いであっても、最早関係無かった。自分を裏切ったのは夜叉の方なのだから。不安な予感は正しかったのだ。己は間違っていなかった。本当に欲しいならば、徹底的に縛りつけておかなければ。
鬼には視えていなかった。己が手の愛おしい夜叉の瞳。どのような時でも光を失うことの無かった紅瞳が。
全てを諦めたように微笑ったのを―――。
─・─・─・─・─・─・─
半月後―――。
「銀時」
扉を開ければ中には愛しい銀色が待っている。すっかりと憔悴れた頬に触れればうっすらと銀糸に縁取られた睫毛が震える。
「……………」
土方を見ても何も言わない銀時に手にした盆を差し出す。
「食べろ」
ここ何日もろくに物を食べていない筈なのに、眼の前に差し出された食べ物に何の興味も示さない。
「食べろって……テメーの好きな苺もある」
紅く熟した果実を一粒含み……軽く口内で潰して口づける。
何の抵抗も無く開く唇。白い喉を伝う薄紅の果汁。その色香に思わずこちらの喉も鳴るが、今は食事を取らせる方が先だ。
「ホラ……汁物だ」
やはり口移しで飲ませようとするが……椀が近づいただけで眉間に皺を寄せる。
「う……」
食べ物の匂いが障ったか。顔を背ける銀時に構わず口づければ―――。
「うぐ……げ…ほっ……」
咳き込むように吐き出し、ぜえぜえと息を切らす。弾みで椀の中身が零れてしまったが、銀時には悪気は無いので怒りようもない。何故なら、眼の前の銀時は本当に苦しそうで……。
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