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「何……?」
その言葉に首を傾げる。
別段、何をしていたわけでもないが、ルウはここで初めて未だに男を抱き寄せたままでいることに気づいた。
ひゅっと息を呑み、慌てて男に回していた腕を引く。
目の前の男が、ルウの表情を見てクスクスと笑う。
「彼があまりにも情熱的に抱き寄せるものだから。つい、ね」
「つ、ついって――帽子屋!」
「帽子屋……?」
先ほどからわめいている少年が口にする“帽子屋”という言葉。
その声に反応して、ルウの上から退いた男は、被っていたシルクハットをつまみ、大きく振るって丁寧に礼をした。
「いかにも。私が“帽子屋”だ」
黒地に深紅のリボンが巻かれたその帽子には、10/6と書かれたカードがはさんであった。
決して奇抜な恰好をしているわけではないのだが、何故か他とは違う雰囲気を纏う華奢そうな男。
ただ、彼を取り巻く燃えるようなリコリス色の長い髪が、その奇妙さを綺麗に調和していた。
何とも不可思議な空気を感じずにはいられない。
それが、ルウの彼に対する最初の印象だった。
「ほら、お前も挨拶しないと」
「むぅ……」
帽子屋がぐいっと自分の服の裾を引き、隠れていた先ほどの少年をルウの前にやんわりと押し出した。
甘いミルキーイエローのその髪から垂れる栗色の耳に、ルウはしばし目を奪われる。
その視線を睨んで返す少年は、帽子屋に促され渋々といった様子で口を開いた。
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