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「……僕は、“三月兎”」
「う、兎?」
「違う!三月兎だっ!お前外から来た癖に生意気だぞっ!!」
いまにも掴みかかりそうな勢いの三月兎と名乗った少年の襟首を、帽子屋が手馴れた動きで引き戻した。
しかし、その真っ赤なラビットアイは真っ直ぐルウを睨み付けて離さない。
「兎は兎でも三月があるかないかじゃ、バター付きパンと白パンくらい違うんだ!」
「ご、ごめん……三月?」
「僕を三月って言っていいのは帽子屋だけだっ!」
いつまで経っても喧嘩腰の三月兎を、帽子屋は窘めるように彼の柔らかそうな髪を撫でて口を割った。
「お前は、お茶会の準備をしておいで」
「え!?で、でもっ!」
「お前の焼くスコーンは絶品だ。是非彼にも食べさせておあげ」
「ううう……」
「――三月」
いつまでも渋る三月兎に帽子屋が、少々きつくその名を復唱する。
その得体の知れない威圧は、三月兎が垂れていた耳をぴんと真っ直ぐ伸ばすほど。
「行っておいで」
「わ、わかったよぉ……」
帽子屋のその最後の促しで、とうとう三月兎はその重い足を扉に進める。
親に叱られた子供のようにとぼとぼと扉を抜け、遂には部屋を出て行ってしまった。
靴の音が聞こえなくなってからややあって帽子屋が深くため息をこぼす。
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