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古い床板を軋ませながら、薄暗い廊下を一人の男が歩いていく。
まだ時間帯で言えば真っ昼間であるはずの室内は、カーテンが完全に締め切られ、ホラーハウスを思わせる不気味さをかもし出していた。
その中を大して警戒もせず歩く男は手にした便箋に視線を落とし、前方とそれを交互に見比べながら足を進める。
靴墨を塗り忘れ、色の落ちた靴が床板踏みしめるたびに、色褪せた床板が小さく悲鳴を上げ、彼の背中を見送った。
「ん……ここかな?」
ふと便箋から顔を上げ、床板と同様に古びたドアの手前で進めていた足を止める。
便箋に記された地図の上にある目印は、確かにこの場所を示していた。
男の喉がごくりと上下し、真白い手袋をはめた手が埃を存分に被ったドアノブをゆっくりと捻る。
舞い上がる埃と、軋む分厚い隔てと。
その先に姿を見せる景色に――男の顔が安堵に緩んだ。
長い廊下なだけはあって横に奥行きがあるその部屋は、かつて祖父が使っていた書斎であり、祖母の愛する物語がたくさん並ぶ秘密の部屋。
綺麗好きの祖父が、度々その置き場所や隠し場所をいたずらに変えたりして、よく自分をからかっては楽しんでいたものだ。
胸を擽る懐かしさと、忘れかけていた時間を思い出して、男は部屋に向かって微笑んだ。
「ただいま。……お婆様」
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