迎えに行ってやってくれ

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「え?」 突如指先を強い力で引っ張られ、ルウの体が大きく傾いた。 緩やかに閉じていた真紅の瞳が見開かれる。 驚いて手を紙面から引こうとするも、これがまた驚くことに、指はインクの海に沈んだまま引き抜くことすら出来ない。 「い、一体何が起きてるんだ!?」 体が本に飲み込まれていく。 まるで少女が、不可解な穴に自ら身を投げるかのように。 じわじわと迫る黒は、闇より深い恐怖をルウに味わわせた。 「だ、誰か――うわっ!!」 助けを求めて窓に駆け寄るルウの努力も虚しく、本に引きずり込まれ半ば傾いた体は、床に積まれた本に躓いて盛大に転んだ。 体を庇おうと突き出した腕の先には、今まさにルウを飲み込まんとばかりしているインクの海。 ひやりとした冷たい空気が身を包んだかと思った瞬間、ルウの体は綺麗に真っ直ぐ本の中へ――。 「うわあぁあ―――!?」 … 響き渡る時計の音。 動くことをやめた秒針が、再び運命の歯車を回し始める。 塗りつぶされた物語に堕ちた彼は、ただその場に祖母の愛した思い出だけを残して。 ――運命の秒針が回る。 ルウを見送った古時計が、独り寂しく時を刻み始めた。
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