椿屋の菓子

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安堵の息を吐いて菓子を広げていると詩郎の口から思いもよらぬ言葉が出て来て手が止まり、聞き間違いなのだと自分に言い聞かせながら聞き返してみた。 「巡査殿が食べさせて下さい」 嗚呼、聞き間違いではなかったらしい。 聞き間違いであって欲しかった。切実に。 「自分で食べられるだろう」 「巡査殿がアテシをこんな姿にしたのです。ちょっと位ワガママ聞いてくれてもいいじゃないですか」 「変な言い方をするなァァァァ!!」 「ぁ痛ッ」 本日2度目のチョップをおみまいし、小さく溜め息を吐いてから菓子を一つ手に取り詩郎の口元に運ぶ。 「今回だけだからな」 「…巡査殿、気持ち悪いです」 「うるせぇぇぇ!!俺だって同じだよ!食べないなら俺一人で食べてしまうぞ!」 「あぁ…っ!食べます!」 ようやく落ち着いて菓子を食べれる。 どうしてこうも菓子一つ食べるだけでゴタゴタとしてしまうのだろうか…いや、菓子に限らずゴタゴタとしてしまうのは紛れもなく詩郎君が原因とも言えるのだが、別に嫌いではないと思ってしまうのは毒されているからだろうか? 「あまり見つめられると食べづらいです」 「分かったから、早く食べてくれ」 「あい」 詩郎は菓子と光路郎とを交互に見つめてから口を開きパクリと菓子を食べた。 「美味です」 「そうか、良かったな」 「あい。巡査殿、もう一口ください」 好物の菓子を堪能しながらニコリと微笑む姿につられて口元を緩めると、くいっと袖を掴まれて催促の言葉が紡がれる。 甘やかしてはいけないと思うも普段愛想の無い猫がすり寄ってくる様な感覚を覚え、今日くらいはいいかと菓子をもう一つ掴んで詩郎の口元に運んだ。 「まったく、仕方無い奴だ」 ─ガブッ 「…ッッ!!ぎゃァァァァ!!」 詩郎の口が菓子を含んだ瞬間に激痛が走ったので見てみると、噛み千切られるのではないかと思うほどキツく歯が食い込んでいる。 「巡査殿、顔がキモイです」 「だからって噛みつくなよ!!お前本当にS郎だな!!」 いつも無愛想な面が多いけれど、菓子一つで色んな表情が見れるならばまた手土産に買ってきてやろうと思った。  
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